神戸地方裁判所 昭和30年(ヨ)530号 決定 1955年12月09日
申請人 杉田茂
被申請人 千代田実業株式会社
主文
本件仮処分の申請を却下する。
申請費用は、申請人の負担とする。
理由
一、申請の趣旨
被申請人が申請人を相手方として申し立てた、神戸地方裁判所昭和三〇年(ケ)第二八七号事件の別紙目録<省略>表示の不動産に対する競売手続は、本案判決が確定するまでこれを停止する。
との趣旨の仮処分命令を求める。
二、申請の理由
被申請人は、申請人に対し、昭和二八年一〇月二七日、金三〇〇、〇〇〇円を返済期限同年一一月三〇日、利息金百円につき一箇月八三銭の割合、利息支払期毎月末日、利息支払を怠つたときは期限の利益を失い、金百円につき一日二〇銭の割合による遅延損害金の義務が生ずる旨の約束で貸し付け、申請人において、これが返済債務の担保としてその所有にかゝる別紙目録表示の不動産の上に抵当権を設定したが、右返済を怠つたと称し、神戸地方裁判所に同不動産の競売を申し立てた結果、同庁において昭和三〇年(ケ)第二八七号事件として審理され、同年九月七日附を以て競売手続開始決定がなされるに至つた。
しかしながら、申請人は、被申請人から借金をしたことも、本件不動産の上に抵当権を設定したこともない。ただ、申請人が代表取締役となつている兵庫倉庫運送株式会社が中央商事株式会社なる金融機関から融資を受ける必要上、かつて申請人において、本件不動産の登記済権利証や申請人の印鑑証明書、委任状を同会社に差し入れたことから、これらの書類が、申請人不知の間に被申請人の手に渡り冒用された結果、被申請人主張のごとき内容の金銭消費貸借並びに抵当権設定契約の存在を裏付けるような契約書や登記ができたにすぎない。それ故、前掲不動産競売手続は、前提となる抵当権が存在しないものであるから、無効といわなければならない。
そこで、申請人は、さきに被申請人を被告として、本件不動産にかゝる前記抵当権設定登記の抹消登記義務の履行を求むべく、神戸地方裁判所に本案訴訟(昭和二九年(ワ)第一、〇七四号事件)を提起したが、前述のとおり右不動産に対する競売手続は、既に開始されその競売期日も数日後に迫つているので、このまま放置すれば、かりに他日申請人が右本案訴訟において勝訴の判決を得ても、その確定前に回復し難い損害を受ける恐がある。
よつて、かゝる著しい損害を避ける緊急の手段として、右本案判決の確定に至るまで本件不動産に対する前記競売手続の停止を命ずる仮処分を求めるため、本申請に及んだ。
三、当裁判所の判断
本申請の趣意を要約すれば、競売法に基く不動産競売手続(以下通例に従い「任意競売手続」と略称する。)を、その開始後において、当該競売申立の事由となつている抵当権の不存在を理由に一時的に阻止する民事訴訟法第七六〇条の仮処分を求めるというのである。しかし、当裁判所は、かゝる仮処分が訴訟法上許されぬものと考えるものであつて、左にその理由を述べる。
およそ任意競売手続に関し、その申立の事由となつている実体法上の権利の不存在を理由として、競売開始決定又はこれと同視すべき記録添附処分に対し、民事訴訟法第五四四条第一項に基き執行の方法に関する異議を申し立てた上、同条項後段により当該競売手続の一時的停止を命ずるかりの処分を求め得ることについては、多く異論を見ない。ただ、競売手続開始前にあつては、かような執行阻止の手段をとることができず、また、任意競売手続の開始は、債務名義の存在を要件としていないから、これについて請求に関する異議の訴を提起して、同法第五四七条の執行停止命令を求めることも得ないから、同法第七六〇条の仮処分により質権や抵当権の実行を禁ずる必要がある場合も考えられ、また、それは、適法と解すべきである。しかし、右手続開始後においては、前述のとおり同法第五四四条第一項後段による執行停止命令を求める方法が可能である以上、これと同様の目的を達する手段として、同法第七六〇条の仮処分をも併存的に認める必要は乏しく、また、仮処分裁判所が、競売裁判所の手続を拘束すべき形成的裁判をなし得ると解すること自体に根本的難点があるから、法の趣旨は、かゝる仮処分を禁ずるにあるといわなければならない。多くの実務例は、任意競売手続開始の前後を問わず、この種の仮処分を認める傾向にあり、これを支持する学説もあるが、根拠に乏しい。
これを要するに、本件仮処分の申請は、その目的を達するのに適切な他の法的手段があるにもかゝわらず、訴訟法上認められぬ方法に訴えたものといわなければならない。よつて、これを不適法として却下すべきものとし、なお、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 戸根住夫)